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大阪地方裁判所 昭和59年(ワ)1425号 判決

原告

西村皓己

原告

西村ミチコ

右両名訴訟代理人弁護士

柳瀬宏

被告

株式会社カネイチビル

右代表者代表取締役

中本城治

右訴訟代理人弁護士

岩田喜好

右同

里田百子

主文

一  原告らの主位的請求を棄却する。

二  被告は、原告らに対し、金四〇〇万円及びこれに対する昭和六一年三月二七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の予備的請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを一〇分し、その九を原告らの、その余を被告の負担とする。

五  この判決は第二項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  (主位的請求)

被告は、原告らに対し、金六四〇〇万円及びこれに対する昭和五九年三月八日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  (予備的請求)

被告は、原告らに対し、金五〇〇万円及びこれに対する昭和六一年三月二七日から支払済みに至るまで右同率の金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  昭和五五年一一月二一日、原告らは、被告から、別紙物件目録一記載の区分所有建物及びその敷地(以下本件マンションといい、本件マンションを含む建物全体を本件建物という)を次のとおり買受けた(以下本件契約という)。

(1) 代金 金六四〇〇万円

(2) 被告は、原告らが共用部分の一部34.86平方メートルを専用庭とし、ここに温室(以下本件温室という)を設置することを了承し、これについて他のマンション購入者から承認をとる。

2  原告らは、本件温室を利用して園芸を行なうことを本件契約の目的としており、本件温室に園芸のために十分な日照が確保されなくなることを解除条件として本件売買を締結した。

3(一)  本件契約の締結に先立ち、原告らは、右目的を被告の従業員に告げていたところ、同月三日頃、本件契約の交渉の際、被告の販売部長である訴外福留要(以下福留という)は、原告らに対し、本件建物敷地の南側隣接地である別紙物件目録二記載の土地(以下本件隣接地という)は、被告が当時の所有者訴外山崎博から買受けている旨告げ、その旨の売買契約の記載された公正証書を示したうえ、被告は本件隣接地に木造二階建より高い建物は建てるつもりのない旨説明した。

(二)  仮に福留が、被告が本件隣接地を買受けている旨説明しなかつたとしても、右交渉の際、福留は、原告らに対し、本件隣接地には木造二階建より高い建物は建たない旨を、当該建物の模型まで示して説明した。

(三)  福留の右説明により、原告らは本件温室に園芸のために十分な日照が確保されるものと信じて本件契約を締結した。

4  しかるに、昭和五八年四月末頃、本件隣接地には、訴外上田文明を注文者、同高野建築株式会社を請負人として(以下本件訴外人らという)鉄筋コンクリート造四階建専用住宅(以下隣接建物という)が建築された。

5  その結果、本件温室への日照は隣接建物のため終日阻害され、園芸を継続することは不可能となつた。

6  原告らは、前記3(一)(三)記載のとおり、本件契約の当時、本件隣接地は被告の所有であり、これに高層建物を建築しない旨の説明を受け、これを信じたうえで本件契約を締結したが、実際には本件契約の当時、本件隣接地は訴外山崎博(以下山崎という)の所有で、その後隣接建物の実質上の注文者である訴外江原秀男(以下江原という)へと所有権が移転されたもので、本件隣接地は被告の所有ではなく、そのため、日照を阻害する高層建築物が建てられた。

したがつて、本件契約は要素の錯誤により無効である。

7  昭和五九年三月一日、原告らは、被告に対し、かくれた瑕疵があり本件契約の目的が達せられないので本件契約を解除する旨の意思表示をした。

8  昭和六一年三月二六日、原告らは、被告に対し、瑕疵担保責任または不法行為により損害賠償として金五〇〇万円の支払をなすべき旨を請求した。

9  よつて、原告らは、被告に対し、本件契約の錯誤無効により、または解除条件の成就により、若しくは民法五七〇条、五六六条にもとづく契約解除により本件契約代金六四〇〇万円の返還及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五九年三月八日から支払済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を、仮に右請求が認められないとしても、民法五七〇条、五六六条または不法行為による損害賠償として金五〇〇万円及びこれに対する請求原因7の請求の日の翌日である昭和六一年三月二七日から支払済みに至るまで右同率の遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  同1の事実は認める。

2  同2の事実は否認する。

本件建物は、阿倍野ターミナル、地下鉄あべの駅から至近距離の大阪の繁華街に存在しているが、原告らは、本件契約締結にあたつて、このような交通の至便を契約の目的としていたものであり、仮に原告らが本件温室への日照確保の意図を有していたとしても、それは付随的なものに過ぎず、契約の目的とはなつていなかつた。

3  同3の事実はいずれも否認する。

4  同4の事実は認める。

5  同5の事実は不知。

6  同6の事実中、本件隣接地が本件契約の当時山崎の所有で、その後江原の所有するところとなつたことは認め、その余は否認ないし争う。

7  同7、8の事実は認める。

8  同9の主張は争う。

三  抗弁

1  仮に、本件契約に原告主張の解除条件があつたとしても、以下のとおり、原告らは隣接建物の建築を承認し、みずから日照妨害を生じさせたものであるから、解除条件は成就しなかつたものと見なされる。

(一) 昭和五八年四月、原告らは、隣接建物の建築について、本件訴外人らを被申請人とし、本件マンションに対する日照妨害を理由として建築工事禁止仮処分申請をした(以下別件仮処分という)。

(二) 同年八月四日、別件仮処分について、次のとおり和解が成立した。

(1) 原告らは、本件訴外人ら及び江原が、隣接建物を建築することに異議を述べない。

(2) 本件訴外人ら及び江原は、原告らに対し、解決金として一〇〇万円の支払義務あることを認め、同月一三日限り原告ら方に持参または送金して支払う。

(3) 隣接建物建築工事に伴つて問題が発生したときは、原告らと本件訴外人ら及び江原はお互いに誠意をもつて、その解決に当たるものとする。

(4) 原告らは、その余の請求を放棄する。

(三) 右和解にもとづいて、原告らは、解決金一〇〇万円を受領した。

2  仮りに、本件契約が失効したとされる場合には、被告は原告らが、本件マンションの原状を回復して被告に返還するまで、本件契約の売買代金の返還を拒絶する。

四  抗弁に対する認否

抗弁1の冒頭の主張は争う。被告は別件仮処分事件の和解に際しこのような抗弁を提出しない旨約したほどである。同(一)、(二)、(三)の事実はいずれも認める。

同2の主張は争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1、4は当事者間に争いがない。

二そこで、本件契約締結時の状況及びこれに至る経緯について判断するに、右争いのない事実並びに〈証拠〉を総合すると、以下の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

1  被告はマンションの建築分譲等を業とする株式会社である。

2  本件建物は、現在大阪市阿倍野区松崎町三丁目九八番五地上に存在するが、同土地は、もとは被告所有の同所九八番五並びに山崎所有の同所九八番三及び同所九八番四(以下同所所在の土地は単に番号のみで表記する)の一部からなつていたところ、被告は本件建物建設にさきだつ昭和五四年一一月二一日頃、山崎との間で次のとおり約定した(以下本件約定という)。

(一)  山崎は、被告に対し、九八番三及び九八番四の北側半分一〇〇坪の土地を本件建物用地として提供し、これに対して被告は、山崎に対し出資金等として一億二七二九万円を支払う。

(二)  山崎は、九八番三及び九八番四の土地の南側半分一〇〇坪については木造二階建建物を建築することを確認する。

3  本件約定にもとづいて、被告は、昭和五五年四月一四日九八番三及び九八番四の北側半分一〇〇坪の土地を前記金額で買取り、その旨の公正証書(甲第七号証)を作成した。その後右土地が分筆、合筆を経て前記九八番五となつた。

4  被告はその後、本件建物の建設にとりかかり、並行してその分譲を開始したが、これにあたつては、本件建物は立地条件が良いばかりでなく、本件隣接地に高い建物の建つことがなく、比較的良好な採光眺望が確保されることを強調した販売活動を実施した。そして、本件建物の購入希望者に対しては、この点に関し、完成後の本件建物及び本件隣接地上の建築予定建物の木造二階建のミニチュアを示し、本件建物に対する日照通風の状況の説明をおこなつていた。

5  原告らは、昭和五五年当時、居住用にマンションを物色していたが、原告西山ミチコが蘭栽培の趣味を有していることから、栽培用の温室の設置できる物件を希望していた。原告らは本件建物建設中の同年一一月初旬頃、建設現場に設置されていた被告の営業案内室を訪れ、被告販売部長福留から本件建物についての説明を受けた。その際原告らは、福留に対し、原告らの右希望を表明したところ、福留は、原告らに対し前記ミニチュアを示し、甲第七号証を交付したうえ、本件隣接地は山崎の所有であり、同人とは本件約定がなされているから、同地上には同人が居住用に木造二階建の建物を建てるのみで、それ以上高い建物は建たない旨、及びしたがつて本件建物の専用庭に温室を設置すれば、同所には園芸に必要な日照を確保できる旨を説明したが、この際本件約定が本件隣接地の第三取得者には対抗できない旨の説明はしなかつた。そして当時本件建物のうち原告ら希望の温室を設置できる専用庭付の物件にはすでに入居予定者があつたが、被告はこれを変更して原告らのために本件マンション(住宅部分の面積合計129.4平方メートル、専用庭部分の面積34.86平方メートル、価格六四〇〇万円)を確保した。このため原告らは本件マンションを購入して本件温室を設置すれば、将来にわたり日照が確保され園芸活動が可能であると信じ、被告と本件契約を締結した。

しかし、右代金額は、原告らの右のような特殊事情にもかかわらず、本来の表示価額であつた。

三次に、前記争いのない事実、並びに〈証拠〉によれば、本件契約後の昭和五八年二月一〇日、本件隣接地は原告ら及び被告の予期に反して、山崎から江原に売却され、同年四月末頃同地上に鉄筋コンクリート四階建の隣接建物が建築されたこと、そのため本件温室に対する日照は大きく阻害されるようになり、夏季においては午前中は若干の日照を得られるものの、午後は殆ど日照が遮断されるようになつたこと、その結果本件温室での園芸活動は実際上不可能になつたこと、以上の各事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

四以上の事実にもとづいて主位的請求について判断する。

1  (錯誤無効について)

原告らは、本件契約締結にあたり、被告の従業員から本件隣接地は被告の所有であり、被告は同土地上に木造二階建の建物しか建てるつもりがない旨告げられ、これを信じて本件契約締結に至つたと主張するが、本件全証拠によつてもこれを認めるに足りない。

したがつてその余の点について考慮するまでもなく右主張は失当である。

2  (解除条件成就について)

原告らは、本件契約には、本件温室において園芸に必要な日照を得られなくなることを解除条件とする旨の付款が存在したと主張するが、本件全証拠によつてもこれを認めるに足りない。

したがつてその余の点について判断するまでもなく、原告らの右主張も失当である。

3  (瑕疵担保責任について)

次に、原告らは、本件温室に園芸活動を行うために十分な日照の確保されないことは、本件マンションの瑕疵に当たり、本件契約は目的を達することができなくなつた旨主張するので、この点について判断する。

(一)  以上認定事実によれば、本件契約に際して、被告の従業員が原告らに対し本件マンションの専用庭にはその南側に位置する本件隣接地において木造二階建の建物が建つことによる日照阻害の外は日照が確保される旨説明し、原告ミチコはこれを信じて専用庭に蘭の園芸をすることとしたこと、しかし、本件契約当時の本件建物の敷地及び本件隣接地の権利関係からみると本件隣接地が第三者へ売却されればたとい当時の所有者山崎と被告との間に木造二階建の建物しか建てない旨の約があつたとしても、その債務が第三者に引き受けられないかぎり、第三者は本件におけるように鉄筋コンクリート造四階建専用住宅を建てる可能性は十分に存在したのであるから、右日照阻害の要因は本件契約のかくれたる瑕疵に当たる。

(二)  しかしながら、前認定事実によると、原告らは、第一義的には居住用マンションを購入したものであり、本件温室への日照が阻害されてもそれだけでは本件マンションを購入した本件契約の目的を達することができなくなつたものではないといわねばならない。

(三)  したがつて、その余の点について考慮するまでもなく原告らの右主張も失当である。

五次に予備的請求について判断するに、前記のとおり本件マンションには隠れたる瑕疵が存し、現に本件温室への日照が確保されなくなつたものであるから、被告は原告らに対し、瑕疵担保責任として損害賠償責任を負うものであるところ、以上認定事実によると本件契約代金中少なくとも四〇〇万円は、原告らが、本件温室において園芸活動ができなくなることを知つていたならば支払わなかつたものと認めるのが相当であり、右相当額が本件マンションの隠れた瑕疵による原告らの損害となると言うべきである。

そして請求原因8は当事者間に争いがない。

それゆえ、その余の点につき判断するまでもなく、被告は原告ら両名に対し一括して金四〇〇万円及びこれに対する昭和六一年三月二七日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務を負うものというべきである。

六以上の次第で、原告らの主位的請求は理由がないから、これを棄却し、予備的請求は金四〇〇万円及びこれに対する昭和六一年三月二七日から支払済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の部分は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条を、仮執行宣言について同法一九六条一項を各適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官東孝行 裁判官松永眞明 裁判官夏目明德)

別紙物件目録一、二〈省略〉

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